広島地方裁判所 昭和38年(行)12号 判決 1966年3月28日
原告 紙原軍一
被告 広島法務局長
訴訟代理人 川本権祐 外二名
主文
本件訴をいずれも却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告の請求の趣旨及び原因は別紙訴状及び昭和三九年八月二五日付請求の趣旨並原因追加申立書記載のとおりである。
被告指定代理人は本案前の申立として、主文同旨の判決を、本案について「原告の新聞公告掲載の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。
一、原告は、被告が人権侵犯事件処理規程に基づいて行なう説示処置をもつて行政処分と解し、その取消を求めているが、右処置は関係者に何らの権利義務を設定もしくは確認するものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分には当らない。
二、原告は新聞公告掲載の請求を右取消訴訟の関連請求に係る訴として追加併合して提起したものと解されるが、説示処分取消の訴が前記のとおり不適法却下を免れない以上これに追加併合された右訴もまた不適法というべきである。
三、また右請求は民法第七二三条に基づく民法上の請求であるから、行政庁たる被告には当事者能力がない。
四、なお原告が右新聞公告掲載請求の原因として主張する事実は、否認する。
(証拠省略)
理由
一、説示処分取消請求について
原告が取消を求める説示処分は、法務省設置法第一一条人権侵犯事件処理規程(昭和三六年法務省訓令第一号)第九条第一項第四号に基づく措置であるが、右処理規程によると説示措置とは人権侵犯者に対してその反省を促し善処を求めるため口頭で事理を説示すること、というのであつてこの措置は単に行政庁の勧告的意味を有するにすぎず、それ自体処分を受けた者に対して法律的効果を生ぜしめるものではない。
しかして行政事件訴訟法上の行政処分といい得るためには、当該処分がそれ自体において直接の法的効果を生ずるものでなければならない(最判昭和三八年六月四日民集一七―五―六七一参照)と解すべきであるから、行政事件訴訟法によつて右説示措置の取消を求めることは許されない。
二、新聞公告掲載の請求について
原告の本件請求は民法第七二三条に基づく民事上の請求と解される。
ところで行政事件訴訟法は行政事件訴訟の特殊性を考慮して、行政官庁に行政事件訴訟について当事者能力を認めているが、特に規定のない一般の民事訴訟においては権利主体たり得ない行政官庁は訴訟の当事者になり得ないと解すべきである。
そうすると原告の右訴は前記のとおり民法上の請求であるから当事者能力のない者を被告とする不適法な訴といわねばならない。
三、以上判断のとおり本件各訴はいずれも不適法なものであるからその余の主張を判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷川茂治 雑賀飛龍 河村直樹)
(別紙)
訴状
請求の趣旨
被告が昭和三十八年九月二十五日原告に対してなしたる説示行政処分はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
旨の裁判を求めます。
請求の原因
一、被告は昭和三十六年十月末頃訴外石田明外多数人より原告が右訴外人等に対し同年十月一日より八日頃迄の間に右訴外人等が社会的に破壊的人物、その他のひん斥する人物であることを意味する「赤」または「赤色」分子と指称して誹謗し名誉を毀損し人権侵害をなしたるにより調査の上行政処分ありたき旨申請を受け調査中のところ昭和三十八年九月二十六日原告に対し説示処分に付したる旨中国新聞に掲載あり其の後同月三十日このことを知りたる原告は被告の部下なる人権課長に真否を確めたるところ「説示」としたる旨の回答あり初めてその事実を知りたるも右は全く不当の行政処分なるを以て之が取消を求むるため本訴に及んだ次第であります。
請求の趣旨並原因追加申立
請求の趣旨
被告は昭和三十八年九月二十五日原告に対して為した説示行政処分を取消すべし、の次に
被告は原告の指定する左記日刊新聞紙に対し、左記文言を記載した取消し請求をした旨を五号活字以上の活字により掲載すべし、中国新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞、
「昭和三十八年九月二十六日本紙外三紙に被告広島法務局長が、原告に対し、原告が昭和三十六年秋、日教組組合員を「赤だ」という旨の記載したビラを散布したことは、右組合員等の人権を侵害する不法行為に該当するので、昭和三十八年九月二十五日原告を説示処分に付した旨公表した記事が掲載されたが、右は当局が公表したものではないからこれを取消されたい」
訴訟費用は被告の負担とする。
請求の原因
請求の趣旨第一項に関する請求原因は、昭和三十八年十一月二十五日付訴状に記載したとおりであるので、ここにこれを援用し、請求の趣旨第二項に関する請求原因は次に記載するとおりである。
一、被告が昭和三十八年九月二十五日原告に対し、右第一項に記載する問題について、原告に対し「説示処分」を為した旨を部外者に告げ、それを通じて右第一項に摘示したような新聞報道が昭和三十八年九月二十六日付の中国新聞、読売新聞、朝日新聞、毎日新聞に大々的に報道され、いわゆる原告の不法行為なるものが、広く世上に喧伝され、その結果原告並にその家族が多大に迷惑を蒙り、現に精神的苦痛を蒙りつつあるが、これは偏に被告の監督下にある係官が、この種の処分は、その本来の性質に照らし、その事実が外部に漏洩せざるよう細心の注意を払うべきであるのに拘らず、却つてこれを第三者に通知して、それが新聞紙に大々的に報道されるよう便宜を与え、違法行為を敢えてし原告に対して精神的にもまた物質的にも多大の損害を与えたので、これが処分の取消し撤回を求めるため本訴を提起したことは、右に述べたとおりであり、その事実関係は明瞭である。
二、ところで、この説示処分の公表によつて、原告の名誉、信用等を害したことは明白である。
そこで原告は被告に対し、被告の監督下にある係官が、第三者に対し不当に前記説示処分を行つた旨を通知し、これによつて右の処分の内容を新聞紙に報道させたのみならず、右報道に当り誤つた解説をなし、より一層原告の権利を害し、原告に財産上精神上の苦痛を与える原因となつた右記事を掲載した新聞社に対し、右記事は被告としては、原告に対しそのような処分を行つた旨を公表した事実はなく、従つて各新聞社の前記記事は事実に基かない違法かつ不当の報道であるから新聞編集綱領(いわゆるプレスコード)に基き、これが取消し記事を掲げるよう請求する権利があるので、これを請求すると同時に右請求した旨をそれ等の新聞紙に適当な大きさの活字によつて、公告するよう請求する権利を有するので、原告は被告に対し、ここに請求の趣旨第三項記載のような公告を行うことを請求する。